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2020-04-26

わたしを救ったレメディー Facebook 記事より

ホメオパスの先輩でもあり、クラニオの師匠でもあるひろのさんからホメオパシーバトンを受け取りました。

私がホメオパシーに出会ったのは156年くらい前かな。図書館で見つけたあるモデルさんの本をパラパラとページを開いて見ていたところにレメディキットの写真が載っていて、「これなんだろー??」と思って調べたのが最初の出会いでした。  

「自己治癒力」と言う言葉にものすごく惹かれたのを覚えています。

そして見よう見真似で基本キットを使い、ホメオパシーin Japanをひたすら夢中になって読みまくりました!笑

蛍光ペンでマーカーしたり、付箋ベタベタ貼って、当てはまる症状に家族の名前を書き込んだりで、初代の本はボロボロになったなぁ、、、

まだ当時は今ほどホメオパシーの知名度もなく、便利なネット情報もなく、名古屋もホメオパスは5.6人ほどだったな。懐かしい〜

さて、お題の

「わたしを救ったレメディー」

2010年、わたしがRAH4年生の時にホメオパシーバッシングが起きました。

何がなんだかわからないうちに、わたしもその大きな渦に巻き込まれる事になりました。  

そして、実家の母親から、母親の友達からも、そして夫からもわたしは訳のわからない宗教に洗脳されたと言われ、孤立無縁の状態でした、、、泣

母親からはホメオパシーを辞めなければ親子の縁を切るとまで言われ、自分は何も間違った事はしていないのに、皆から非難され、誰からも理解してもらえず苦しみました。 

夫からも「ホメオパシーは辞めてほしい。もうRAHには行かないで!」と言われていましたが、授業があったため電車に乗り名古屋に向かったのでした。

電車の中でも涙が溢れ、過呼吸のような状態になりながらも名古屋校に向かいました。

途中地下街を歩いていたら、もうどうにもならずパニック状態になり座り込んで歩けなくなってしまいました。

どうしたらいいのか分からなくなり、私は夫に電話をかけました。尋常ではない私の様子に夫は驚き「もう帰っておいで」と言いましたが、RAHに行けば仲間に会える、みんな同じ想いをしている、私の気持ちを理解してくれるのはRAHの仲間だけだ!!

と思い、ヨレヨレしながら向かったのを覚えています。

私の、あまりにも打ちひしがれた姿にスタッフの方が驚相談会を勧めてくださり、Kホメオパスの相談会を受けました。

そこで出してもらったレメディー

アンモニュームミュア(Amm-m.)塩化アンモニウムのレメディーです。

そう、Murだから母親と関係のあるレメディー。

帰宅してすぐにレメディーを飲みました。その直後、体が震えだし、溜め込んでいた怒りが込み上げてきました。そう、忘れていた母親への感情、雪崩のように感情の排泄が始まりました。

もう止まらなかった、、、。

怒りで体が震える経験はこれが初めてだったので、今思い返してもそれはそれは凄かったです! 

それから私のインナーチャイルド癒しの旅が始まるのですが、これまでに前世療法やインナーチャイルドセラピーを受けたりしながら10年経ってようやく母親への感情が癒され、生きて行くのも楽に自由になりました。

あぁ、、、ホント長かったわ。

あれから10年経ち、今でもわたしはホメオパスを続けています。沢山の仲間やクライアントさんに出会い、今が1番幸せ

色んな困難にも負けず、自分を見失わずになんとかここまで来れました。そして、ずいぶん逞しくなった!笑

ご縁のあった皆様、本当にありがとう

で、夫の名誉のために言っておきますが、今はホメオパスをしている私の良き1番の理解者です

このバッシングのあと極秘!と書かれた手紙をくれて、、今でも私の心の支えにもなっている大切手紙です。

では、この辺で次のお二人にバトンを繋ぎますね!

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    やり方

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・お題「わたしを救ったレメディ」に回答

・ホメオパシーかお題に関連する写真を貼り付ける

#ホメオパシーバトン をつけて

・次に回答してもらいたい2人を指名して投稿!

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